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 ◆プロ・ライター、また多方面で活躍されている野田誠司氏のコーナー◆
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        感動する音楽、人生を変える音楽

知り合いの有名な音楽評論家さん達が口を揃えて「日本には本当の音楽ファン
がいない」と嘆いてしまうほど、音楽の奥深さを楽しむファンが少なくなって
しまいました。が、音楽を日常的に楽しむ人は、60年代や70年代よりも圧
倒的に多くなっています。その区別は、前者は「コンポの前でじっと音楽を楽
しむ人」であり、後者は「生活空間の中で音楽を楽しむ人」であろうと思いま
す。では音楽の聴き方として前者が良いのか?後者が良いのか?・・それは、
白黒をハッキリさせる類のことではないように思います。

僕が思春期を送った70年代前半よりも日常的に音楽を聴く若い子が増えてき
ていることはむしろ喜ばしいことです。ただ残念なことに、80年代後半から
(たぶんそれはCDが普及された頃から)コンポの前に座ってじっと音楽を聴
くということが、かつてそうしていた音楽ファンさえ少なくなってきたように
思うのです。ましてCD以降の世代は、ライヴ中心の世代でもあり、カラオケ
を楽しむ世代でもあって、家でコンポの前で音楽をじっと聴くということはほ
とんどなくなってしまったように思われます。
が、けしてそのことが悪いのではなく、ただ残念なことは「じっとしっかり聴
いてはじめてその感動が伝わる音楽」の存在が軽視され、販売するレコード会
社も即、売り上げに繋がないアルバムはリリースを避ける、アルバムを紹介す
る媒体(雑誌等)もレコード会社から広告を取るために、広告に関連した特集
記事が中心となり「良いアルバム」だからということでの紹介が減ってしまう、
という悪循環が何年も続いてきてしてまったことです。

皆さんは「音楽で人生観が変わった」とか「音楽で生き方そのものが変わった」
というほどに音楽に感動したことはあるでしょうか?そのような音楽に出会っ
たことはあるでしょうか?僕等、業界の仲間には単に楽しいという消費的な快
感を遙かに越え、人生観を変え、ある人はミュージシャン、ある人は音楽産業
という仕事そのものにしていった人達が少なからずいます。ただ残念ながらそ
の音楽産業界も歯車が少しばかりずれてしまい「良い音楽」を探求する心を失
いがちになっていることも事実です。どこか「お菓子」のように消費する音楽
ばかりを世に排出するようになってしまいました。(それ自体が悪いのではな
く、そういうものばかりなってしまったことに問題があります)それは、90
年代の邦楽、洋楽共に「スタンダード」と呼ばれる名曲が生まれにくくなって
いるところにも現れてしまっています。

先日、僕の企画で第三回の「クラシック・ロック夜話」を行いました。今回は、
シンセサイザーの生みの親ロバート・モーグ氏が亡くなられたということもあ
り、TVやアニメ音楽の制作者としても幅広く活躍されている安西史孝氏を招
いて、モーグ・シンセサイザーも持参頂いて本来の弾き方などを実演して頂き
ました。ギターでしかできなかったチョーキング奏法やトレモロアーム的な奏
法、かつギターでは出せない時間的な音色の変化をキーボード奏者が行うとい
うのがモーグ・シンセサイザーの本来の使用方法にも関わらず、多くのミュー
ジシャンがその音色だけしか出し切れず、まともに演奏できたのはヤン・ハマ
ーやハービー・ハンコックだったという話も目から鱗のようなお話でした。実
際にその奏法が難しかったということもあるかと思いますが、さらに時代が進
むに連れて、ロックがインプロビゼーション(即興演奏)を避けるようになり、
かつ演奏時間も短くなったため、今ではロックの中でもまともにモーグ・シン
セサイザーを使いこなしているアルバムはほとんどないそうです。

なぜこのような話をしたかと言うと、学習なくして情報が次世代に伝わるとい
うことはあり得ないということを知って頂きたいからです。僕は「ミュージッ
クビジネス講座」や「音楽ライター講座」を何年か続けてきてますが、それは
古い時代のすぐれた発想や作品を知ることは大変重要であり、今の時代であっ
ても、メインストリームから外れたところで斬新な音楽をやっている若い人は
けして少なくないことをきちんと伝えなければならないという思いから講座を
行っているわけです。