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 ◆プロ・ライター、また多方面で活躍されている野田誠司氏のコーナー◆
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           ▲▼アーティスト▼▲

僕が教えている「音楽ライター講座」の準備のため、スカパーの音楽チャンネ
ルで、音源や映像を観たり聴いたりすることが日課になっている。講座の進行
上、60〜70年代をこの一ヶ月間は聴きっ放し。なんだか若い頃の感覚が蘇
ってくる。今の音楽との決定的な違いは、昔の方がもっとメロディアスだった
ということ。リズム中心の時代とメロディ中心の時代というのは、短いサイク
ルで交互にやってきたようにも思える。50〜60年代初頭のジャズの流れる
ダンス・ホール・ブームの後には、フォークや今に繋がるポップスが主流とな
り、60年代のロックではモンキー・ダンスが流行る。その後、シンガー・ソ
ングライターの時代がしばらく続き、フュージョン、AORが再びダンスの時
代への足がかりを作り、ディスコ・ブームの70年代後半を迎える。80年の
ピークから緩やかな下降を辿って、80年代半ばから、ハウスやクラブが始ま
り、HIPHOPシーンも重なって、ライヴ自体がダンス・イベント化していく。
90年代中頃には、ポピュラー・ミュージック・シーン全体が混沌とし、良い
意味では多様化。90年代後半には、クラブシーンが成熟し、いわゆるポピュ
ラー・ミュージックやロックとは別の、完全に独立したシーンとして確立する。

そして、また最近、音楽の持つメロディが見直されつつある。聴くための「歌
もの」が盛んになってきた。結局のところ、繰り返しによる流行りこそがポピ
ュラー・ミュージックの実体なのだと思う。が、「音」を「楽しむ」という部
分では、そうした変化や繰り返しは自然なことなのだ。ただ歌い手自らが生き
ている時代をどのように歌うかが、その時代でしか歌えない「歌」を作ってい
くのではないだろうか? そういう意味でも、アーティストを名乗る者は、自
分が生きている時代の社会や文化にも敏感であって欲しいと思う。音楽だけな
い他の文化、社会にも興味を持つことがきっと、あなたの作る歌の幅を広げて
くれることだろう。

 昨年の夏に坂井泉水(ZARD)によってカヴァーされヒットした「異邦人」の
オリジナル・シンガー・ソングライターである久保田早紀(久米小百合)さん
と(17年も前のことだが)2時間くらい電話でお話したとき、彼女はこんな
ことを言っていた。「私たち歌い手は、話すことが苦手だから、その思いを歌
に託すの。」と。簡単だが、なぜか印象に残ったことばだった。それでかまわ
ないのだと思う。歌詞は、しゃべることよりもずっと短く抽象的だ。しかし、
それにメロディがつくことで、その感情や思いがしっかりと伝わる。それはと
きに、長いおしゃべりよりもずっと深く人々の心の琴線に触れる。

ミュージシャンとは、それがどんな音楽形態であろうと、人々になにかしらの
感動を与えることが目標のはずだ。「カッコ良く」でも「素敵に」でもなく、
「どのように感動を」与えるかにミュージシャンの気持ちが傾いていったとき
リスナーはそのミュージシャンを「アーティスト」と呼ぶのだと思う。それは
音楽だけでなく、様々なアーティストに言えることだ。

あなたは、なにの「アーティスト」だろうか?

     野田誠司 ホームページ http://rockjazz.com/noda/